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「Life is Strange2」感想 〜兄弟狼の旅とアメリカの闇〜

【注意!!!】

以下、ネタバレが含まれていますので、本作を未プレイかつこれからプレイする予定がある方はご注意ください!!!
また、複数エンディングにそれぞれ言及しますので、その辺のネタバレを見たくない方もご注意ください!!!

アドベンチャーゲーム「Life is Strange」シリーズ待望の2作目となる本作!!
どんなゲームか簡単に。

 

ライフ イズ ストレンジ 2 - PS4

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  • 発売日: 2020/03/26
  • メディア: Video Game
 

 

『Life is Strange 2』はプレイヤーの選択によって物語の内容が変化するアドベンチャーゲームです。主人公は、シアトルに住むごく普通の兄弟。ある悲劇的な事件の後、兄のショーンは、超能力に目覚めた弟ダニエルを連れ、自分たちの居場所を求めて父親の故郷であるメキシコ「プエルト・ロボス」までの逃避行を始めます。

プレイヤーは兄のショーンを操作し、世間の目を逃れてシアトル、ポートランド、カリフォルニアと旅をする中で、様々な選択をしていきますが、それらの選択が、出会う人々と弟ダニエルの人生を変えていきます。

特にまだ小さく、危険な力を持ってしまったダニエルは、兄の立ち振る舞いに大きく影響を受けるため、どう行動するかは慎重に選ぶ必要があります。ただし、今は良さそうに思える選択が、後々良い結果をもたらすとは限りません……。

*「Life is Strange2」SQUARE ENIX 公式HPより引用

元々はフランスのゲーム会社DONTNODが開発したゲームで、そちらのグローバル版をスクエニさんが販売しています。

1作目は主人公のマックスが「時間を巻き戻す」超能力を有していましたが、本作も主人公ショーンの弟ダニエルがサイコキネシス(物を動かす超能力)に目覚めます。

特徴的なのは、主人公であるショーンの言動(プレイヤーが選択する)が、弟であるダニエルの言動に強く影響を及ぼしていく、という点です。

兄として、弟をどう導くか、ということが問われるゲームですね。

超能力・兄弟ものというと『NIGHT HEAD』『創竜伝』とか日本でも名作がありますな。

前作のように超能力を生かした特徴的なゲーム性は特になく、基本的には言動を選択してストーリーを進めて行くアドベンチャーゲーム部分が主軸となっています。

本作のストーリーは基本的にアメリカの社会問題を扱っており、特に根深い人種差別の問題に切り込んだ作品になっています。また、本作は同性愛に関する言及もかなりされています。

人種差別については、我々日本人にはいまいち実感がわかないものですが、移民によって建国され、様々な人種のるつぼであるアメリカでは人種差別は非常に根深い問題となっていますね。

本作はショーンの父親がメキシコ人移民であることからショーンたちも「外国人(移民)差別」に遭うことになります。厳密には、人種差別+移民問題という非常に難しい問題があります。

アメリカ合衆国の成立前後にはまだ国境線が確定しておらず、各国植民地などの周辺諸国との紛争が絶えなかった。とりわけスペインの影響を色濃く残すメキシコとはアラモの戦いのような大きな戦争が起きることがしばしばあり、メキシコ系住民を敵国の野蛮人として扱った経緯がある。現在ではこのような歴史的経緯に加え、就労目的で不正に入国を企てる者が後を絶たず、また既に不正に入国しているメキシコ系住民が多くなっているため、周囲の人々との軋轢を生んでいる。

Wikipediaアメリカ合衆国の人種差別」より引用。

トランプ大統領が選ばれた前回の大統領選挙でも大きな争点の一つとなっていた移民政策。トランプ大統領は、強硬な移民政策を掲げたことでも知られ、その政策が保守層などを中心に一定の支持を得ていました。

アメリカが成長を続けてきた背景には、世界中から絶えず受け入れ続けてきた移民が、アメリカ経済の底辺を担ってきた側面がある。
しかし、新たな移民の増加によってアメリカの人口構成も変わり、低賃金で働く移民に仕事を奪われかねないと感じる低所得者をはじめとする人たちの間には、自分たちの地位が脅かされているという危機感がある。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/presidential-election_2020/basic/issue-and-point/issue-and-point_03.html より引用。

トランプ大統領の選挙戦略は、こういう移民へ不満を持つ人々へ訴えかける政策でした。「メキシコとの国境に壁を作る」ことを公約に掲げていたことが有名ですね。

後半に特に結構酷めの人種差別(移民差別)をする人物が出てきますが、冒頭でも隣人の白人青年ブレットが見事なテンプレ差別野郎で色々とディアス家に絡んできます。
そもそも、本作のショーンたちの苦境は、この隣人に絡まれたことに端を発するのですよね。
更に、ショーンを監禁した、ガソリンスタンドの店主であるハンクは田舎の保守派といった人物で地元の名士的な立ち位置ながら、人種差別的しぐさを隠そうともしない粗暴な人物でした。

途中私有地に立ち入ったショーンが男から侮辱されて暴行を受けるシーンは中々の胸糞シーンでしたね。あと、このシーンでは「人種差別」と「言語」の結びつきについて考えさせられるものがありました。
このシーンはストーリー上何か意味があるというよりも、ただ唐突な暴行・侮辱という差別の現実を描いたシーンであり、このゲームのテーマ性を感じる箇所でした。

国境付近での自警団もなかなかのレイシストぶりでした。彼らは彼ら自身が正義だと信じていることをしている。移民が自国の治安を悪化させ、自分たちの子どもに危害が及ぶと本気で信じている。
自警団が父と娘の2人組というのもなかなかのおぞましさですね。レイシストの親子承継。小さい頃から父に「移民は敵だ」旨の話をされ続けたらああなってしまうのも頷けます。

国が手を下さなくても、自警団なる団体が差別的言動を丸出しにして、時には殺人・暴行などを働く(対して罰せられない・むしろ賞賛されるのもセット)なんて歴史上例を挙げだしたらいとまがありません…(つらい)。
その辺、警察だけに警戒していればいいという訳でもなかったというのはリアルですね。

他にも、新興宗教、不法の大麻栽培、同性愛差別、といった社会問題へ言及されていますが、この移民問題・人種差別が本作の根底にずっと流れています。

同性愛については、ジェイコブがゲイであったことから親に「治療」を受けさせるとしてカルトに入信させられたり、アリゾナにあるコミュニティー「AWAY」でゲイカップルが出てきたりします。

同性愛の「矯正治療」については、実際にアメリカにおいて行われていたという事実があり、その実話を基にした『ある少年の告白』という映画も名作ですのでぜひ。

本作は大国アメリカで暮らす人々の中でも、『異端』の者たちの物語なんですよね。メキシコ移民の血を引くディアス兄弟、「家庭」「母親」といった枠から逃げ出したカレン、ヒッピーのような生活を送るキャシディーやフィン(フィンはおそらく同性愛者、あるいはバイセクシャルかもしれません)、ゲイのジェイコブ、その他農園の仲間たち、砂漠地帯で文明と距離を置いて生活するAWAYの仲間たち、身一つで世界中を旅するジャーナリストのブロディ。

そして異端の者たちは世間に冷たく当たられることも多く、ディアス兄弟も何度も辛い目に遭うわけですが、そこの理不尽さや兄弟の悲しみを描写するに留まらず、ダニエルが超能力を有していることにより、「その力をどう使うか」という「差別などの理不尽に対してどう対抗すべきか」という難しいテーマ性も有しています。

簡単に言えば、暴力・暴言に対して同様に「暴力で対抗していいのか」、という問題。理不尽なものに対して、反社会的言動で(暴力などで)対抗するのか否か(しかもその力を使うのは自分ではなく、弟のダニエル)、という難しい選択をショーンであるプレイヤーは何度も迫られます。

面白いのが、「倫理的な言動」をしていればエンディングで幸せになれるかという訳でもなく、特にこれが「ハッピーエンド」「バッドエンド」ということもなく、どの結末が一番いいと明確に言い切れないこと。この辺が大変にリアルです。

反社会的言動を行わない(=弟のダニエルが反社会的にならない)場合のエンドとして、国境を越えないことを選択すると2人して自首して、ショーンは刑期を全うする、一見、最も常識的かつ「正解」とも思われるエンド(「贖罪」)。

国境を超えることを選択すると、2人は離ればなれになってしまうものの、お互い離れた場所でそれなりに幸せとも思われる生活を送るエンド(「離別」)。

他方で反社会的言動を行う(=弟のダニエルが反社会的になる)場合のエンドとして、国境を超えないことを選択すると、ショーンが死亡し、ダニエルが1人メキシコでやさぐれるという、一番バッドっぽいエンド(「一匹狼」)。

国境を越えることを選択すると、2人でメキシコに行き、アウトサイダーとなりながらも2人で仲良く暮らすある意味ハッピーエンド(「血を分けた兄弟」)。

ショーンがダニエルの道徳性と違う方向の選択をすると、2人が離ればなれになってしまう(「離別」「一匹狼」)わけですね…。

「贖罪」エンドだと、ショーンが彼自身にはあまり落ち度はないものの15年の刑期を全うすることになり、一種ダニエルの分も罪を被る形になります。それをどう捉えるかという。現在の社会の制度に合わせて生きるという選択ですよね。

むしろ「血を分けた兄弟」の方がハッピーエンドと感じる人もいるでしょう。が、しかし国境を越える時に多くの警察官を犠牲にするのは結構な抵抗がありますよね。

最後に非常に難しい選択を迫られる点では前作「Life is Strange」と同じで、自分や自分の大切にするものを犠牲にするか、それ以外の市民(社会)を犠牲にするか、というのは似てますよね。ただ、今回はディアス兄弟は社会や世間に辛い目にあわされてきたわけであり(警官に父親を殺され、道中差別主義者に暴行を受け、etc)それを鑑みても社会(社会というか警察が代表するような「権力」なのかも)に適合しようとするか、という。

アメリカで現在進行形で起こっている難しい社会問題をテーマとして、それに対面したときどのような行動をとるのか、「力」を得たときに「力」をどのように使うのか。そんな選択をプレイヤーに問いかける、非常に選択するのが辛くも示唆的で面白いゲームでした。

アメリカの移民問題などについて、理解があるとより楽しめるゲームですね。細々としたお遊び的要素(例えば視力検査のやつとか)は要らないなと感じたり、音楽と背景が延々と流れたりするシーンは「長いな・・・」とせっかちな自分は感じたりしましたが、とにかく非常にストーリーと音楽が良い作品でした。

最後に各キャラクターについて一言。

ショーン:何だかんだと優しく頼れるいいお兄さん。けど9歳の弟の前でタバコをぷかぷかしてお酒を飲むのはいいのかこれは。

ダニエル:可愛いんだけど、中々言うことを聞かなかったりしてイライラさせられるのがリアル。カルトに洗脳されて一緒に行かないと言い出したときは変な髪型も合まって「このアホガキ!!」とイライラMAX。

お父さん:マジで素敵なお父さん。

カレン:無責任感はあるが、結婚とか家庭を求められるのが辛いって人はいますよね。せめて養育費とかは送るのが筋かと。子供に過干渉・依存する親とどちらがいいのだろうね。

隣人ブレット:典型的なチンピラで、汝こんな隣人は愛さずともよい。

ブロディ:ブロディは本作の癒し。

フィン:いやまさか「一緒に強盗しようぜ!!」というのがフィンルートのトリガーだなんて思わないですよ・・・。そんな気配見せてた?? 

キャシディ:こういういかしたお姉さんが恋人枠になるのは、日本のゲームじゃあり得ないよなあ。

クリス:クリスの「The Awesome Adventure of Captain Spirit」、延々と作業するのつら・・・退屈や・・・って思ってたけど、最後に「マントロイド」が何か分かって「うあああああああ」ってなるよ。

リスベス(教祖):とんでもない偽善者で自分が一番大切。マジで嫌い。

ジェイコブ:初めは存在感を消していたが、その後意外と活躍する。

「コオリオニ」感想〜鬼才梶本レイカによる「人でなし」たちのブルース〜

0 はじめに

*この感想はネタバレが盛大に含まれますので、未読の方はご注意ください!!!

 

BL漫画「コオリオニ」につき、「すごい作品だ」という噂は聞いていたのですが、まずその表紙から漂う迫力に「これは普通の作品ではない」とたじろいでしまい、読むことを先送りしていました。

 

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そして今般、ふと思い立って読んでみたわけです。

 

そしたら、確かにこれは「すごい」作品でした。読んだ後はまず「すごい」とか「やばい」いう極めて抽象的な感想が、皆の頭の中に発生すると思います。

 

今般、その「すごい」「やばい」という抽象的な印象を、もう少し丁寧に、自分なりに因数分解していく作業をしてみたので、感想として残しておきます。

 

なお、いわゆる「普通の」BLを期待して読んではいけない作品ではあり、BLという枠で括って色眼鏡で見られるのが非常に勿体無い作品でもあります。しかし、BLとして描くことでこそ、この作品の魅力は引き出されているのだと感じます。

 

1 作品「コオリオニ」の紹介

「コオリオニ」は、実際に起こった北海道警察の銃器摘発やらせ事件(稲葉事件)をモチーフにしたBL漫画です。

 

稲葉事件については、こちら。

 

北海道警察の生活安全特別捜査隊班長であった稲葉警部が覚せい剤使用・所持により逮捕され、その後の捜査・裁判において彼が上司の依頼で、自ら捜査協力者から調達した拳銃を正規に押収していたように偽装していたことなどが芋づる式に発覚したという事件です。

 

まさに事実は小説より奇なり、といった衝撃的な事件で、このWikipediaを読むだけでも相当に面白いです。

 

この稲葉事件に関連した書籍などもいくつかあり、この事件を題材にした映画(「日本で一番悪い奴ら」)もあります。

 

コオリオニは、この稲葉警部をモチーフにしていると思われる、北海道警察の警部補である鬼戸圭輔と、彼の捜査協力者(エス)となった、誠凛会塩部組君長補佐である八敷翔の2人を中心に物語は展開していきます。

 

2 登場人物について

鬼戸について、最初は飄々としたやり手の刑事という印象であり、やらせの銃器摘発を行なっているものの、特別、悪人といった印象まではありません。

 

黒髪に無精髭、柔道で鍛えた体格の、いかにも刑事、という風貌の大男。

 

仕事のために家庭を犠牲にした(本人曰く「仕事を選んだから家庭を逃した」)という言及はされますが、一見ありふれた話のようにも聞こえます。

 

しかし、話が進んでいくにつれ、どうやら鬼戸が「普通の」感覚を持った人間ではないこと、はっきり言ってしまえば「人でなし」とか「悪人」と言われる部類の人間であることが明らかになっていきます。

 

そして八敷については、その見た目も相まって、鬼戸が始め思っていたように、哀れな身の上のお姫様、悲劇のヒロインのような印象を始めは与えます。

 

ロシア人である母親に似た美貌、金髪の長髪で細身の、女性的な風貌の男。

 

しかし、八敷もまた、鬼戸と同じくとんでもない「人でなし」であることが段々と明らかになっていきますが、それを種明かしするやり方が本当に上手なので、背筋がゾッとします。

 

この「コオリオニ」は、一般的に「サイコパス」と呼ばれるような人たちの生き様を描いた作品なのです。もっと言うと、社会に適合できない人たち、社会のはみだし者たちの叫びが詰まった作品です。

 

そして、そんな「人でなし」同士の愛(・・・と表現するのが適切なのか分かりませんが)を描いた作品でもあり、その意味でまさに「BL」ではあります。

 

各話の感想について以下、順に話したいと思います。

 

3 第1話「刑事ごっこ

エスを利用して銃器を摘発する鬼戸のやり方はある意味「刑事ごっこ」とも言えます。「生安はヤマとエスの取り合いですよ!」という鬼戸の独白についても、この警察内部の駆け引きが「刑事ごっこ」だと皮肉的に言えます。

 

しかし、鬼戸と八敷がしゃぶしゃぶを食べた後の塩部が後ろに隠れていたシーンで、塩部が「お前肉ダメだったなあ」とさりげなく言うシーン、八敷が肉を食べられない理由を考えるとなかなか凄まじいものがあります。

 

最終話で明らかになりますが、ヤクザの幹部である木場など(?)から自分の足の指を食べさせられたりしていた過去があり、おそらく、それで肉が食べられないのです。

 

4 第2話「ヤクザごっこ

柏系列の武器庫を摘発するために、新宿へ潜入捜査を行うことになった鬼戸と八敷。鬼戸がヤクザになりすますことから、まさにヤクザごっこ、ということですね。

 

この話では2人の関係が一気に接近し、物語もかなりのスピードで展開していくので、置いてけぼり感を感じる読者も多いのでは。

 

そして、鬼戸と八敷につき、その関係性から生じる化学反応のように、それぞれ自身が所属する組織からの離反を考え始める時期でもありますね。

 

5 第3話「ごっこの始まり」

この話は八敷のこれまでが八敷の視点で語られる、回想のような話となります。

 

このタイトルが「ごっこの始まり」だということから、八敷もまた「ヤクザごっこ」(あるいは「ヒトごっこ」)をしている存在だということが示唆されます。

 

この話で出てくる重要人物が八敷の幼馴染の佐伯。八敷はロシア人の母親に似ていたため、彼女に逃げられた日本人の父親から性的虐待を受けていました。

 

そんな八敷を救ったのが佐伯でした。父親からの性的虐待による心の傷を隠すため、感情を消して「コオリ」になっていた(なろうとしていた)八敷に「エッタ」(氷鬼や鬼ゴットで、鬼が他の人を捕まえた時に発する言葉、らしい)して人間に戻してくれたのが、佐伯だったというわけです。

 

この話で印象的なのは、生まれ育った町を出るために、佐伯が運転して疾走するバイクで後ろに座り、佐伯にしがみつく八敷の独白のシーンです。

世間が
周りが 
この身の上が 
自分を受け入れないこの不平等な人生が悪い  
オレ達がクズなのはオレ達のせいじゃない
あの頃オレ達は多少深刻には死にたがっていたし 
試してもいたが 
ただそれは
自殺では満たされない欲求だったのだろう
せめて死の国くらいは
オレ達を受け入れてくれやしないかと・・・
居場所が欲しい・・・
居場所が・・・

特区の生まれであること、実の父親から性的虐待を受けていたこと、といった自分の境遇を呪う気持ちと、社会からつまはじきにされながらも居場所を渇望する感情。

 

死にたいという感情はあったが、それは単に「死ねば自分の居場所が見つかるのかもしれない」「死んだ後の世界では、自分たちのような者も受け入れてくれるのではないか」という切なる願望からのものであって、本当はただ居場所が欲しいだけなんだという、社会においてアウトサイダーとなってしまったものとしての切実な感情を吐露します。

 

八敷にとって、死の国とは、自分を受け入れてくれる夢の国。

 

佐伯は八敷という存在を受け止めきれませんでしたが、八敷は鬼戸であれば「今度こそ死の国へと導いてくれる」と感じています。つまり鬼戸が自分の居場所となってくれるのと感じていたということでしょうか。

 

この話を読む限り、八敷は社会的に逸脱しているものの、父親から性的虐待を受けて、そんな自分を救ってくれた幼馴染の佐伯に惚れ、佐伯のために足の指を詰め、他の男と寝て、と献身的だが報われない、可哀想な人物という印象を受けます。

 

そんな八敷の印象が、佐伯視点の番外編「コオリの女王」で一気に転換するわけですが、この転換の恐ろしさは、同じ出来事であっても八敷自身の主観であれば第3話のように描かれ、そこに嘘はない。同時に佐伯の主観であれば「コオリの女王」のように描かれる、そこにもまた嘘はない、ということです。

 

お互いにお互いの存在は自分の人生を犠牲にしてでも尽くすような、必要な存在だったにも関わらず、お互いの認識にこんなに乖離がある。

 

佐伯の覚せい剤の常用による錯乱、そして彼の最期の悲痛な訴えなどについては後述。

 

6 第4話「狐の嫁入り

狐の嫁入り」は、言うまでもないですが、話の冒頭でのやりとりが示すように、八敷が銃対室室長となった鬼戸に誠凛組から送り込まれた(嫁入り)ことから来てるのでしょう。

 

2人の関係は更に深まり、鬼戸は「これまで負け続けた借りを返せ」と八敷に対して塩部への謀反をそそのかします。

 

この話あたりから、鬼戸と言う人物の暴力性、大胆不敵さ、などが明らかになってきます。

 

7 第5話「コオリの宝石」

鬼戸と八敷が風呂に入っているシーンで、鬼戸が八敷に対して「だってお前 俺に似てるだろ?」と言うシーンがあります。ここで、鬼戸と八敷が「同類」であることが示唆されています。

 

何が「だって」なのかは明確でないですが、「俺に似ているなら、塩部に利用されたままではいないだろ?」ということかと思います。

 

塩部が誠凛会の上部組織である山王会の木場に「八敷が怪しい動きをしている、刑事が八敷に色々吹き込んでいるんじゃないか」と電話しているまさにその時に、八敷が木場を性的に接待している場面は、もう何と言うかたまらないですね。

 

遂に塩部に対しての裏切りを実行する八敷。鬼戸と八敷の後ろ姿に元妻の裏切りを重ね、慌てて本家へ車を回す塩部だったが時すでに遅し。

 

そして八敷は塩部への裏切りを実行するような自分、それは真の八敷の姿であるのですが、鬼戸に対してそんな「自分を見つけてくれた」と感激します。

 

「俺がオヤジを殺した」と感慨にふける八敷の脳裏に浮かぶのは、ある日の佐伯の姿。実の父親も自分が殺したかった、そんな彼の感情が垣間見えます。

 

そしてパシコフを訪れる八敷が車の中でかけたオペラが「ファウスト」の「宝石の歌」。ファウストゲーテの代表作とされる長編の戯曲。

 

悪魔であるメフィストと契約をした学者のファウストは、メフィストの力で若返り、マルグリートという女性に惚れてメフィストの力で宝石をプレゼントして気をひこうとします。その場面で歌われるのが「宝石の歌」。

 

悪魔にもらった宝石をそうとも知らず喜ぶ少女。

 

この宝石の歌、をここで持ち出した作者の真意は分かりませんが、私はまやかしの宝石をもらって喜ぶ少女に八敷が投影されているようにも感じました。

 

八敷は鬼戸が「自分を見つけてくれた」と喜びますが、元々八敷は自分の思うまま生きてきたのであって、鬼戸に「救ってもらった」みたいな考えがまやかしであると示唆していると。
第7話で、バシコフが鬼戸のことを八敷の「メフィストーフェレ」と呼んでいることや、鬼戸が八敷に対して「生まれたその日からのびのび生まれっ放しでやってきた」と言っていることからも、そうかなと。

 

8 番外編「コオリの女王」

コオリの女王とは、まさに八敷のことでしょうね。

 

冒頭、佐伯が八敷のことを「神の子ドクズ」と表現しますが、八敷も佐伯のことを第3話で「どうしようもないクズで神だった」と表現しています。お互いに相手に全く同じような印象を抱いていたわけです。

 

そして、前述したように、この話を読むと、読者の八敷に対する印象が一気に変わります。第3話は、あくまで八敷自身の視点から見た自分の物語なので、他人である佐伯から見たこの話の方が客観的に八敷を語っていると考えてよいでしょうね(その他の登場人物、島さんの八敷に対する評価なども考えてもそうですね)。

 

つまり、八敷は人への共感とか人間なら持っていると私たちが信じてやまない「温かい」感情がほとんど欠落しているような人間です。

 

それに対して、佐伯は、佐伯自身が自分を評して「クズだが悪人ではない」と述べているように、人並みの感情は持ち合わせています。そして、頭も良いし、人の感情の機微を察することもできる賢い人間です。

 

そして、彼が不良になり、ヤクザになったのは、自分で「単なる俺の選択だ」と述べているように、自身で選んだことなのです。自分の出自を言い訳にしないあたり、彼は賢い人間ですね。実際、出自でグレるか否かはある程度その人の選択もあると私は思っています。
なお、佐伯と対照的に、八敷は自分がクズであることは出自のせいである、というような独白をしています(第3話)。

 

そして、佐伯がそれを選択したのは、おそらく八敷と一緒に居たかったから。ヤクザという職業も、塩部に指摘されたとおり、向いていなかった。罪悪感というものを感じない八敷はヤクザに向いていてヤクザとしては順調に成長していきますが、佐伯は置いてけぼりです。

 

本当ならば、自分が八敷を助けるはずなのに、彼は自分には理解できない恐ろしいモンスターで、佐伯の居場所は八敷の元にもないし、ヤクザの仲間にもなりきれない。一方で「ディスグラフィア」と呼ばれる文字の書けない学習障害がある佐伯は、「普通でもなく異常でもない」自分自身に追い詰められていきます。

 

最終的には、この世界には自分の居場所はないと考えて、彼は死の国へと旅立ってしまうのです。佐伯は本当は八敷に自分の居場所になって欲しかった。しかし、佐伯には八敷は理解できない存在で、ありのままの彼を受け止めることは難しかったのでしょう。

 

9 第6話「ヒトごっこ

第6話では、鬼戸の過去が鬼戸自身の回想のような形で語られます。

警察という組織に、社会に逆らって「人生を棒に振った」父親から言われたとおり、「言われたとおりのことだけ」をして生きてきた鬼戸。比較的順調に警察組織において出世していきます。

 

他方で、「言われたとおりのこと」をしている結果、自分に惚れた男性も抱いていたという過去が明かされます。警察学校の仲間、そして捜査協力者、エスとして飼っていた「寺嶋」。エスを性的に自分に依存させようとするのは、お得意の方法だったわけですね。

 

寺嶋は、鬼戸曰く「対人恐怖症の社会不適合者」。彼は鬼戸に対して、どうすれば普通になれるのか分からない、とこぼします。寺嶋に対する鬼戸の嫌悪感は、必死に社会に適合しようとしている鬼戸にとって、社会不適合である、ということは恥ずべきことだからという面もあるでしょうし、本来は「社会不適合者」である自分としての近親憎悪のような面もあるでしょう。

 

鬼戸が結婚して妻が妊娠した後の顛末は正に悲惨であり、彼が普通の生活を送ろうとして、自分ではない者になろうとして起こった悲劇なのかもしれません。一番被害を被っているのは鬼戸と結婚した女性なのですが・・・。

 

そして、鬼戸が自分と同じく社会不適合者であることを見抜いていた寺嶋にそのことを指摘され、逆上した鬼戸は寺嶋を殺してしまいます。

 

そして回想が終わり、潜入捜査で酷く傷を負い、入院していた鬼戸の病室のシーンで、仲間の刑事である島さんが言います。

 

「異常者は自分を異常だとは思わないだろ」

 

このシーンで、島さんから八敷の本性を明かされ、鬼戸は、八敷が自分と同類なのだと気が付きます。

 

そして、これまで人のふりをしていた、「ヒトごっこ」をしていた(社会に適合しようと努力してきた)のをやめて、本来の自分=「オニ」として生きると決めるのです。

 

10 第7話「オニごっこ

平気でバシコフを裏切る悪党八敷。

 

そして、自分は必死に社会に適合しようと、自分を殺して真面目にやってきたのに、お前はのうのうと自分を隠さず好き放題やってきた、と八敷に怒りの感情をぶつける鬼戸。

 

ここで初めて、鬼戸は自分の生の感情をダイレクトに八敷にぶつけます。

生きるっくらい・・・
ただ生きるくらいは・・・ッ
俺を・・・ッ許してくれたっていいだろう・・・・・・!

 

これは八敷に対してというより、社会に対しての叫びですね。

 

これに対して八敷は、

アンタは誰かに許される必要もないし
オレを罰する必要もない

 

と言って、鬼戸を受け入れます。
本漫画の大きな見せ場の1つですね。

 

さて、バシコフを島さんが取り調べるシーンで、私たちが信じる社会正義と「彼ら」の価値観が衝突するシーンが出てきます。

 

バシコフは、鬼戸や八敷の「同類」なわけですが、島さんに対して、

(人でなしである)自分を殺して生きるなんて死んだ方がマシだね!

 

と言い放ちます。島さんはそれに対して

それはケダモノの生き方だろう
人ってのは社会と折り合って向き合うから尊いんだろ

 

と言います。これは社会におけるおそらく圧倒的多数派の意見ではあるでしょう。私もそう思います。

 

11 最終話「トケルオニ」

最終話らしく、衝撃的な事実が明らかになります。これまであまり存在感がなく、鬼戸を心配してくれてる「いい上司」感を醸し出していた水谷課長が鬼戸を警察から追い出すためにヤクザも巻き込んで裏工作を行なった人物だと明らかになります。

 

単なるクズは次長であり、真の悪党は課長だったと言うわけですね。そして課長も鬼戸や八敷と同類の「人でなし」。課長は鬼戸が「人でなし」と言うことはとっくに見抜いており、防犯、銃対といった警察の内部組織を「我々異常者の砦じゃないか」と言います。

 

防犯は課長の居場所、だったわけですね。

それに対して鬼戸は「俺は・・・俺の城を見つけたんだ」と伝えます。それはおそらく八敷のことでしょう。

 

2人はボートで高飛び・・・逃避行に出ようとしますが、その時、鬼戸は八敷を殺して自分も死ぬようなそぶりを見せます。どこまで本気かはわかりませんが、

お前も俺も異常者だ
生まれたことが間違いだ

と言う鬼戸の言葉はある程度本気で言っていたのでしょう。

 

結局、2人はそのまま逃避行に出ますが、鬼戸は怪我を負っており、ボートの上でそのまま帰らぬ人に・・・と思わせつつ話は幕を閉じます。

 

12 番外編「ロングキスフローズンナイト」「寝覚めのいい夢」

この漫画を恐ろしいと思う理由の1つが、悪事を重ねて逃避行に出た2人だが、1人は死亡し・・・と言うような私たちの予想(期待?)を裏切って、悪事を重ねた2人が堂々とあっけらかんとハッピーエンドのような結末を迎える点です。

 

「ロングキスフローズンナイト」で八敷は、「コオリの女王」での佐伯の亡くなる間際の八敷への(心の中での)問いかけである「城は見つかったか?」に対して答える形で、「たぶん・・・城は見つかったよ」と独白します。その城とはもちろん鬼戸のことです。

 

「寝覚めのいい夢」では、鬼戸のこれまでの一連の経緯(と言うかこれまでの彼の人生)がたった4頁でまとめられてます。びっくりですね。

 

社会に適合しようとしてもがいていた彼が見つけた青い鳥、それは本当の自分であって、本当の自分として好きになった八敷。

 

13 まとめ

作者はあとがきにて、この話は「青い鳥」を描いた、と述べています。

 

主人公はどちらかと言うと鬼戸であり、社会に適合しようとして必死だった鬼戸が本当の自分という青い鳥を追い求める物語だと、私は解釈しています。
なお、青い鳥を追い求めたため、本当の自分は捨てたままで、死を選んでしまったのが佐伯です。

 

鬼戸の言う通り、八敷はある程度自分のまま、生きてはいたのでしょうが、彼もヤクザという組織の中に自分を適合させて生きている側面はあったでしょうね。

 

2人が必死に自分の居場所を探す様は、「人間らしく」読者の共感を誘いそうではありますが、彼らは基本的に「人でなし」であり、作中で平気で人は殺すし、他人は基本的に使い捨てです。特に女性に対する扱い・・・これは見てられない感じはしますね。私は、彼らの他人に対して全く共感性のない異常性と、それと矛盾するようなお互いに対する愛情・献身になんとも言い難い恐怖を感じました。

 

理解できないものに対する恐怖。しかし人間は理解できないものを排除しようとします。私たちは、生まれつき社会に適合することが難しい人たちを「異常者」であると断罪しますが、私たち多数派が「普通」であるということは私たちが決めていることであって、どちらが「異常」かなんて決められないのかもしれません。

 

警察内部の腐敗なども描かれたりしており、一概に社会=正義であるといえない、とも感じさせられます。人類の歴史の中で、戦争や虐殺などは常に「正義」の名の下に行われるものです。ほとんどの場合、「悪事」を「悪」と認識しつつ遂行する人はいないと言います。

 

しかし、やはり人間という生き物が基本的には何からしらの大きさの集団で生きざるを得ない生き物である以上、その社会という集団を多少なりとも折り合いをつけざるを得ないし、他人への共感という感情がなければ人類は簡単に滅びると、私はそう思います。共感性に欠ける人々のために犠牲になるのがほとんどの場合は子供、女性など・・・社会的弱者であることも、懸念しています。

 

でも、これは「私の論理」であり、バシコフの言葉を借りると私の「美学」に過ぎないのではないか、そんな、これまで自分が信じてきた美学がまるで若造の青臭い理想論だったかのように、崩れそうになる、そんな恐怖と衝撃の作品でした。

 

ところで、思想的なことは別として、一つの作品として非常に完成された、詩的で示唆的な、稀に見るBL漫画でした。

 

読者を次々と驚かせる構成、不要な説明を一切省いたスピード感のあるストーリー、生々しいキャラクター描写、感情を見事に表現する表情の描き方、理性など一欠片もない彼らの性行為の迫力ある描写、これら全て、素晴らしかったです。

 

 

モノクロームロマンス文庫(海外BL小説)「叛獄の王子(はんごくのおうじ)」感想〜2人の王子の愛と絆を描く激動の一大叙事詩〜

1 「叛獄の王子」簡単な紹介

叛獄の王子(漢字難しい)原題は「captive prince(捕らわれの王子)」、素晴らしかったです。

 

モノクロームロマンス文庫で「アドリアン・イングリッシュ」シリーズとこちらがおそらく2大エースというだけあって、めちゃくちゃ面白かったです。

 

 

 

簡単に言うと、ゲイロマンスが多いGame of Slonesですねこれは。

 

時代背景は中世をイメージしており、アキエロスとヴェーレという敵対する国の2人の王子が国家間の争い、国内での陰謀に翻弄されつつ生き抜いていく激動の一大叙事詩です。

 

歴史叙事詩でありつつ、この2人の王子の運命的なラブストーリーでもあります。

 

 

叛獄の王子 ~叛獄の王子 (1)~ (モノクローム・ロマンス文庫)

叛獄の王子 ~叛獄の王子 (1)~ (モノクローム・ロマンス文庫)

 

 

 

高貴なる賭け 叛獄の王子2 (モノクローム・ロマンス文庫)

高貴なる賭け 叛獄の王子2 (モノクローム・ロマンス文庫)

 

 

 

叛獄の王子(3) 王たちの蹶起 (モノクローム・ロマンス文庫)

叛獄の王子(3) 王たちの蹶起 (モノクローム・ロマンス文庫)

 

 

叛獄の王子(外伝) 夏の離宮 (モノクローム・ロマンス文庫)

叛獄の王子(外伝) 夏の離宮 (モノクローム・ロマンス文庫)

 

このイラストほんと好き。

 

 

 

あらすじはこんな感じです。

 

アキエロスの王子デイメンは、奴隷として隣国ヴェーレの王子ローレントの前に差し出される。手枷と首輪をつけられ、氷の心をもったかのようなローレントから屈辱的な扱いを受けるデイメン。しかし彼は心の自由を失ってはいなかった。陰謀と愛憎蠢くヴェーレの宮廷内でローレントもまた孤立していた……。

美しく、高潔な二人の王子の魂の絆を描く三部作が幕を開ける……!

 

 公式HPより。

 

デイメンは褐色の肌に黒い髪の王子。25歳。比較的単純で情に熱い「良い奴」。体格に恵まれており剣技や馬術にも優れ、極めて高い戦闘力を有し、国民や兵士たちからの人望も厚い。その人の良さに逆に付け込まれることもあるわけですが。

 

ローレントは金髪碧眼で人並み外れた美形の王子。20歳。剣技や馬術にも優れますが、口が上手く、非常に頭が良く何手先までも戦況を読むことのできる頭脳派であります。感情を表に出さず冷静に判断を下す様から冷血と囁かれています。

 

その見た目も雰囲気も2人は正に火と氷、陽と陰、太陽と月、のように対照的です。

 

 

2 2人の王子(ここからネタバレ!!!)

*さて、以下は盛大に「叛獄の王子」1〜3巻のネタバレしますので、ご注意ください!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デイメン目線で話が進むため、読者にはローレントは冷酷で非情な人物のように見えます。しかしこれが一種の叙述トリックといいますか、ローレントはデイメンの正体を知っていたのであり、デイメンに冷酷な態度を取るのも当たり前ではあったんですね。

 

しかし、話が進むにつれてローレントが初めの印象とはかなり異なる面を隠し持っていることが明らかになっていきます。

 

デイメンとローレントは、お互いに、その実力、誠実さ、を目の当たりにすることによって極めて悪かったお互いの印象は大きく変わっていきます。

 

段々とローレントのデイメンに対する当たりが柔らかになっていき、数々の苦境を2人で乗り越えていくことによって、2人はお互いに強い絆で結ばれた戦友のような存在になっていきます。そして、友情だけではなく。

 

 

 

ローレントの見た目はずばりデイメンの好みど真ん中であり、デイメンはローレントが敬愛していた兄に似た雰囲気を持つ男なのです。

 

しかし他方で、ローレントにとっては兄を殺した男であり、デイメンにとってはローレントは敵国の王子であり自分が殺した男の弟なのです。

 

まさにロミオとジュリエットな2人。

 

しかし、敵国の王子同士という点はともかく、他方が他方の兄を殺したというのは中々にヘビーな設定です。

 

 

 

 3 頑張って2巻まで読もう!!

1巻は、BL的な要素はあまりありません。ヴェーレでは、私生児を恐れて皆基本的に同性間で性行為をするので(なんと・・・)、そういった記述はありますが、肝心のデイメンとローレントは基本的に反目しあっている感じです。

 

しかし2巻では、2人の距離は段々と縮まっていき、とうとう、とうとう・・・そういうことになります。

 

ここまで長かった!!! 1巻分が長いので、結構チョロく寝るBLに慣れた身としては中々ここまで我慢するのはしんどいかもしれません。しかし、長かった分だけいざそうなると読者としてはすごい興奮します。興奮というかもう感無量というか・・・古めの表現だと、

 

キターーーーーーーーー!!!!!!!!!

 

という感じです。

 

すぐ寝るプレイを楽しむのは初心者。上級者は寝る雰囲気なんて感じさせないところからもう引っ張って引っ張って、この壮大な前戯も全部パッケージで楽しむのです。空腹を我慢するほど、ご馳走の美味しさが際立つのです。

 

1巻からここまで読み進めてきた読者は、読みながら1人でのたうち回ること間違いなし。

 

しかしこれで一件落着かというとそうでもなくて、3巻でもすったもんだしてます。最後まで展開が読めず、どんでん返しが続き、息つく暇を与えません。

 

 

 

 4 ローレントの破壊力はすごいぞ

この「叛獄の王子」は、何より、ローレント王子が本当に魅力的です。

 

このローレントの魅力は3巻まで全部見てこそ分かるものです。

 

金髪碧眼の浮世離れした美貌だけではなく、彼のその高貴な精神性と危うさ。

 

彼は元々軍事にあまり興味がない本好きの少年でしたが、13歳の時に兄が亡くなり、そこから彼の人生は大きく変わります。13歳で突然王位継承者という重圧を背負い、兄の復讐のために、剣技などの武芸を、とてつもない修練を積んで己を鍛えます。更に叔父から性的虐待を受けながらも叔父への愛情は捨てきれず。

 

こういったことが彼を常に自身の感情を押し隠した冷静な人物へ変えていきます。

 

本当のローレントは誠実で優しい面も持つ人物だということが、デイメンの認識の変化と共に読者にも分かるようになっています。

 

そして何が彼を変えたのかも。

 

 

 

普段は澄ましていて冷酷で余裕のある態度を崩さないローレントが、いざ、デイメンとそういう感じになると、一気に初心な様子になるのが、可愛すぎて破壊力がとんでもない。

 

これはなぜかと言うと、実際に彼は経験はほとんどなくて、唯一の過去の経験は叔父に性的虐待を受けたことのみだったからですね。

 

そんで、ベッドでSっ気を見せつつも素直になったり従順な所を見せてみたりと、もう最高な訳ですよ。

 

色子という愛人みたいな感じの人とセックスに励むヴェーレの貴族たちと違って、誰ともそういったことをしようとしないローレントは王宮において周りから「不感症」等と噂されますが、そんな難攻不落の彼だからこそ、セックスをするシーンではありがたみと尊さが溢れてます。

 

ローレントがそうなったのはおそらく叔父のせいという面も大きく、それを思うと痛ましいですが。

 

受けの気が強く一筋縄ではいかないというのはアドリアンと一緒ですね。ローレントはもはや気が強いとかいう次元ではないですけれど。

 

 

 

デイメンは女が好きだが男もいける・・・というノンケ寄りのバイセクシャルっぽいですが、ローレントはヴェーレの慣習もありますが、ゲイなのかなという感じですね。あまり女性に興味はなさそうです。これは良い傾向。

 

あまりに美しい男性は、女性に興味があって欲しくない、男性と絡んで欲しいと常々思うわけですが、もしかしてこれって少数派ですか???

 

 

 

*この叛獄の王子の良さ(?)の一つはリバがないということですね。海外ものだと結構リバがあるのですが、こちらはリバはなく、またそれがありそうな雰囲気も感じさせません。

 

ええ、攻め受け固定というやつですよ。固定過激派のみなさんもご安心ください。

 

なんでか周りの登場人物からも完全にデイメン×ローレントだと思われている(実際そうなのだが)し、体格差とか見た目からそうだろうということなのか。

 

 

 5 サブキャラも良い作品は名作

デイメンとローレントの他、サブキャラたちも魅力的です。

 

キャラが比較的沢山出てくるので、しかも横文字の名前はどうも日本人は覚えにくいのか、「あれ? グイオン? グイオンって誰やったっけ」みたいな事態が頻発(わたしだけ?)します。

 

皆それぞれに人間臭さがあり、個性があり、各人各様デイメンやローレントと絡みます。

 

主役2人をお膳立てするために作り出されたサブキャラ(結構多いよね・・・)はいなくて、きちんと独立して存在してサブキャラとして命を持っていて魅力的です。

 

 

デイメンとローレントの敵となるのが、ローレントの叔父である執政です。この男がとんでもない男で、ショタコンの変態でしかもローレント以上に狡猾で謀略に長けており、冷酷な男です。

 

若きローレント13歳〜16歳くらい?を、兄を失った彼の精神状態につけ込んで性的虐待を加えて、おそらくそれを愛と誤信させた上、成長したローレントを自分の王位を脅かす者として排除しようと(殺そうと)します。

 

執政がローレントに手を出していたことは最後の方で明かされますが、これは結構早くに特にローレントの発言などから分かっちゃいますよね。

 

むしろデイメンは何でその可能性を考えるに至らなかったのか、デイメンは、決して馬鹿ではないけれど、たまにその単純さが心配になります。

 

 

 

 6 まとめ(というほどまとまっていない)

かなりのボリュームで描き出される壮大な叙事詩であり、運命に翻弄されながらもどうしようもなくお互いに惹かれてしまった2人の王子の物語。

 

めちゃくちゃ面白くて手に汗握る物語であり、時に目頭が熱くなり、心臓が痛くなり、かつとんでもなく萌え転がる物語です。

 

 

 

デイメンもローレントも戦闘シーンや敵と対峙した際の舌戦などでは本当に格好良くて、BL的なものを抜きでも本当に興奮させられて面白い作品です。

 

この重厚さ、ハードボイルドさ、本格派(?)はBANANA FISHと通じるものがあるかも。BFは性的な繋がりのあるBLは描かれていないけどね。

 

むしろ1巻〜2巻の途中あたりまではだけどBFより男性受けしそう。

 

アッシュとローレンスはちょっと似てる。金髪碧眼の美貌を持っていて冷酷だけど優しくて。

 

 

 

この壮大な物語は感想をグダグダ語るもおこがましい、とにかく読んでくれ!!!

 

元々活字があまり好きではない人は特に、1巻は結構辛いかもしれないけれど。

 

1巻あってこその2巻、そして3巻なので!!!

 

ちなみに外伝はこちらの原著の短編集の1つを翻訳したもの。

 

The Summer Palace and Other Stories: A Captive Prince Short Story Collection

The Summer Palace and Other Stories: A Captive Prince Short Story Collection

 

 

結構あまあま〜でございますよ。

 

その他の短編も気になる木な方は原著にレッツトライ。

 

 

 

アドリアンもだけど、誰か、漫画化あるいは実写化を・・・頼む・・・。一生のお願い・・・。

 

実写化するならHBOにドラマ化あるいはTV映画化してもらって、漫画化するなら座裏屋先生にお願いしたい。

モノクロームロマンス文庫(海外BL小説)の傑作「アドリアン・イングリッシュ」感想〜本格ゲイミステリが寝かせてくれない!!〜

*以下、「アドリアン・イングリッシュ」シリーズの概要を説明する程度の軽め〜のネタバレあります。

 

1 まずは「アドリアン・イングリッシュ」シリーズの簡単な紹介

BL小説はあまり詳しくない自分なのですが、ふと読み始めた「アドリアン・イングリッシュ」シリーズにはどっぷり沼ってしまいました。

 

天使の影 ~アドリアン・イングリッシュ1~ (モノクローム・ロマンス文庫)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞑き流れ~アドリアン・イングリッシュ5~ (モノクローム・ロマンス文庫)
 

 

 

 何と1巻〜5巻まではkindle unlimitedで読める・・・!!

 皆読んでくれ・・・!!

 

これはM/M小説と言われる海外BL小説を翻訳して発行している「モノクロームロマンス文庫」の看板作の一つ。

 

海外BL小説には日本のBLとは少し違った特色があって面白いです。

 

まず、受けの人も結構激しいというか割と気が強いことが多いこと、そして性行為の描写が主に実況中継というよりも感情描写中心になりがち、そして結構リバが多い、そして登場人物が元々ゲイであることが多い、といった感じでしょうか。

 

自分はリアリティのある作品が好きなので、海外BLは本当にツボでした。

 

 

 

本作「アドリアン・イングリッシュ」はBL小説というよりも、「ゲイミステリ」と言った方が正確です。

 

ゲイミステリというのは、自分はあまり詳しくなかったのですが、海外ミステリには密かにそういう分野もあるようです。

詳しく調べないと・・・!!(義務感)

 

アドリアン・イングリッシュの作中でもこうした先人たちの作品へのリスペクトが感じられ・・・というより、主人公アドリアンがミステリ書店を経営するくらいなので、ゲイミステリに限らずとも、ミステリ全般に関する知識はよく披露されます。

 

骨太のミステリで、謎解きというよりも登場人物が犯人を探すその過程や犯行の動機を楽しむ感じです。

 

ミステリといってもトリックを楽しむというよりも、サスペンス色が強く、深入りしすぎてよく危険な目にあるアドリアンをハラハラと見守るような。ミステリ+ゲイロマンス。

 

 

 

主人公のアドリアン・イングリッシュは心臓に疾患を抱える書店オーナーの32歳(第1巻時点)で、黒い髪に青い目の美形(少なくとも美形俳優のモンゴメリー・クリフトマット・ボマーに似ていると作中で言及されています)。

 

身長は180cm位あるけれど細身。

 

殺人事件を引き寄せる体質(これについては作中で散々彼の自虐のネタとなりますが)で、しかも素人探偵として自ら事件に首を突っ込んでいきます。つまり少し危なっかしくて放っておけないタイプ。頭がいいけれど(スタンフォード大の文学専攻)頑固でやや内向的、自己完結癖があり、少し澄ましたような雰囲気もある

(ジェイク曰く、「お前は・・・優雅すぎる」)。

 

 

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こちらが往年のハリウッド二枚目俳優のモンゴメリー・クリフトさん。

 

 

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こちらがホワイトカラーの主演でお馴染み俳優のマット・ボマーさん。ちょっと若い頃の写真かな。


モンゴメリー・クリフトは、バイセクシャルではないかとも言われていた俳優です。マット・ボマーはゲイを公言していて、14歳年上のPR会社社長のサイモン・ホールズと結婚しています。

 

この2人は本国でも似ていると言われているらしく、モンゴメリー・クリフトの伝記TV映画にマット・ボマーが主演することが決定しているようです。

楽しみですなー。

 

マット・ボマーはマジで美形ですよね。彼を作りたもうし神よ(というかご両親よ)ありがとう。

 

マット・ボマーはHBOのTV映画「ノーマル・ハート」の熱演が凄いので是非見て欲しい。マーク・ラファロとの結構激しいベッドシーンもあるぞよ。

 

 

 

そしてもう1人の主要人物であるジェイク・リオーダンは、LA市警殺人課の刑事で39歳(1巻時点)。その職業から予想される通りの「男らしい」タフガイ。

 

金髪にヘーゼルアイ、身長は190cm位で筋肉質、鍛え上げられた肉体を誇る。

 

ゲイを公言しているアドリアンと違い、ゲイであることを隠して女性とも付き合ったりしており、「普通であること」を諦めきれず、ゲイである自分に強烈な自己嫌悪を抱える面倒臭い・・・もとい難しい人物。

 

ジェイクの個人的なイメージとしては身長を更に高くしたルーク・エヴァンズ(183cm)あたりとかかな。最近だと、実写版「美女と野獣」のガストン役でお馴染み。

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こちらがルーク・エヴァンスさん。

何と彼もゲイを公言しているんですよね。

 

まだまだ偏見や抵抗はあるでしょうが、有名な俳優がゲイを公言できる自由の国アメリカ。日本がそんな風になるのはいつになることやら・・・(遠い目)。

 

 

 

殺人事件に巻き込まれながらも顔を突っ込んでいくアドリアンと彼に呆れたり心配したりしながらもアドリアンを助けて捜査を進めていくジェイク。

 

そしてそして、この「アドリアン・イングリッシュ」シリーズが、もう面白すぎる!!!

 

卓越したストーリーテーリングと上手な文章で読み始めたら止まりませんマジで。一冊あたりのボリュームもかなり充実していて、このお陰で、深刻な寝不足に悩まされましたよ、私は。

 

風景・人物描写、感情描写を比喩的に表現するのがとっても上手かつ秀逸で、それが語り手であるアドリアンの魅力にもなっています。

 

ミステリとしても夢中になる本格的な面白さで、アドリアンとジェイクの関係性を描くラブストーリーとしても傑出の出来。

 

マイノリティーであることの悩みも描かれ、特に警官という立場でカミングアウトしていないジェイクの生き方は彼自身も周り(特にアドリアンにとって・・・)も中々に辛いものがあります。

 

 

 

アドリアンは受だし、戦闘力が高く体格も良いジェイクに「守ってもらう」ことが多い訳だけれど、アドリアンは、何というか、少しシニカルで反抗的で結構気も強くて、一筋縄じゃいかない男で、そこが良いんだなあ。

 

細身の美形で心臓に疾患があるという儚げな設定である一方で、結構気が強くて他人との間に知らず知らずに壁を作りがち。

 

弱みを見せたくなくて、自分の気持ちに中々素直になれない所もある。

 

何か、気が強い美形って外国でモテそうな感じですよね。


私も気の強い美形になりたい(唐突な願望の告白)。

 

 

 

*さて、ここから、特に人間関係部分についてかなり重めのネタバレとなりますので、5巻(&「So This is Christmas」)まで既読の方か、ネタバレしてもOKという方のみお願いします!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 魅力的なサブキャラたち

 

アドリアン・イングリッシュ」はですね、毎巻、ジェイクのライバルとなる攻め(ライバルたちが攻めかどうか不明ですが)が出てきてですね、アドリアン総受け状態。特に5巻は総受け感が凄いです。

 

1巻では、アドリアンの筋金入りストーカー、恐怖のブルース・グリーン。

 

2巻では、年下の可愛い大学生で、少しジェイクに似た風貌のケヴィン。ケヴィンこそ当て馬。

 

3・4巻では、大人の男、知的な大学教授のガイ・スノーデン。

 

*4巻ではどっちかというとアドリアンのライバルとして、超美形俳優のポール・ケインが登場。

 

5巻では、満を持して登場(という割にはそんな活躍しなかったけど)の「元彼」メル・デイビス

 

 

 

中でも一番のライバルと言っていいだろうガイ・スノーデンはジェイクとは全く異なる魅力のイイ男。アドリアン自身もガイとはきちんと付き合いたいと思い、実際2年間程付き合っていましたね。

 

カミングアウトしており、知的な大学教授であり優しくて包容力のある大人の男。喧嘩しても自分の感情をちゃんとコントロールしようとする理性を持ち合わせている。恋愛するのはジェイクに惹かれても、結婚するならガイの方がいいんじゃ?? ガイにしとけば??   とか、特に4巻あたりでは自分は思ってましたけどね。

 

でも、どうにもこうにもジェイクに惹かれてしまうアドリアンアドリアン目線で話が進んでいくので、彼に感情移入し易いとはいえ、ジェイクは大変な男ですが、やはり、魅力的なんですよね。

 

 

 

ジェイクは、口数多くないし男臭くてぶっきらぼうな感じがしますが、実は凄く優しくて(アドリアン相手だから特別ということもあるでしょうが)、結構ストレートに感情をぶつけてくるんですよ(少し捻くれていて中々感情を真っ直ぐに表現しないアドリアンと違い)。

 

で、結構ロマンチストで一途なんですよ。

 

そして、「古き良き警察官」の心を持っている、正義感に溢れており卑怯な真似のようなこととは無縁の男。

 

まあ、その「マッチョさ」が悪い方向に働くことも多々ありますが。

 

 

 

そのほか、とても人間臭い、魅力的なサブキャラが沢山出てきます。

 

自分のお気に入りはアドリアンの母親、リサ(アドリアンの美形は母親譲り)。美しき元バレエダンサーで成功したソーシャライツです。

 

こんな共感性の低そうなステータスながら、アドリアン目線で読み進むと彼女が段々と憎めない魅力的なキャラクターになっていくんです。アドリアンが母親について作中で常に皮肉を言い続けているんですが、それが面白い。

 

 

 

3 毎巻変わる世界観や舞台

 

アドリアンの経営する「クローク&ダガー書店」はパサデナにあるので主な舞台はパサデナです。パサデナはロサンゼルスの北東に位置するカリフォルニア州の都市。

 

1巻ではアドリアンの周りで高校時代のチェスクラブのメンバーが次々と殺害される事件が起こり、事件を担当したジェイクと容疑者の1人と疑われたアドリアンの出会いの巻。

 

2巻ではアドリアンが祖母から受け継いだ牧場、パインシャドウ牧場を舞台にゴールドラッシュの光と影、そして先住民族の言い伝えも絡んだ殺人事件に挑む2人。

 

3巻では書店の不思議店員アンガスも巻き込み、UCLAも侵食した悪魔崇拝の黒魔術集団と対峙することになる2人。

 

4巻では煌びやかなハリウッドセレブ達が犠牲となる連続殺人事件が起こります。西海岸らしく海、クルーザーといった舞台が出てきます。

 

5巻は「クローク&ダガー書店」拡張工事に伴って床下から発見された白骨死体の謎を解くために1950年代に何があったかを探りつつ、最終巻らしく2人の関係性もこれまでの集大成として結実します。

 

毎巻、2人を取り巻く雰囲気が変わり、事件の舞台も2人を取り巻く人物も少しづつ変わり、それぞれ全く異なる世界観の魅力が溢れています。

 

4 アドリアンとジェイクのお互いを救う人生の旅

各巻でアドリアンの周囲で起こる殺人事件と同時並行で、アドリアンそしてジェイクの人生、2人の関係は変化していきます。

 

1巻は2人の出会いの巻。

 

そして2巻で2人の関係は劇的に進展します。隠れた付き合いながらも熱烈にお互いを愛する付き合い始めの一番熱い時期。しかしこの不安定な関係は長くは続かず、3巻ではジェイクの結婚という形で2人の関係は最悪の形での終焉を迎えます。

 

そしてしばらく年月が経ち、4巻で何とも微妙な形で(殺人が起こった後の現場で)再会する2人。

 

3〜4巻あたりはアドリアンが一番精神的にも肉体的にも辛い時期で、読者のジェイクに対する怒りが爆発する時期でしょうね。

 

しかし4巻で未練満々のジェイク。これまで本当の自分を隠して、自分ではない何かになろうとして必死に生きてきたジェイクでしたが、最終的には自身の性志向をカミングアウトしそれを乗り越えます(その過程で自分を傷付けつつアドリアン、ケイト等大切にすべき人たちをも傷付けてしまいますが)。

 

5巻は本当の自分で生きていくことを決意したジェイクに対して、ジェイクの結婚宣告以降傷付いた心を、そして怒りを抑え込んでいたアドリアンが自身の気持ちに向き合う巻になります。

 

3、4巻で「色々とありすぎて」また傷付きたくないという防衛本能から素直にジェイクの気持ちに応えることができないアドリアン。誰かを強烈に愛することは、また同時にそれだけ、ー愛が強ければそれと比例してー傷付く可能性があるということでもあります。自分と付き合うことがジェイクにとっても幸せなことであるのかについても自信が持てなかったのかもしれません。

 

 

 

5巻では、ジェイクと同様に元警官でありかつゲイである人物ニック・アーガイルが重要人物として出てきます。そのキャリアだけではなくて雰囲気もジェイクと似たものを持つ人物。

 

ただジェイクと違い、彼は自身の性志向のカミングアウトはできず、それゆえか否かはわかりませんが、真に愛した人物と結ばれることができず、自分の愛した人物を殺してしまった暗い過去があります。彼を見てアドリアンは「ジェイクはこうなっていたかもしれない」と考えます。

 

彼がアーガイルのようにならなかったのが奇跡だったのだと。紙一重のところだったのだと。

 

時代のせいかー何が原因かなんて特定することの困難なものが人間の行動であり人間関係なのですが。

 

 

 

そして、辛かったであろう、苦しんできたであろうアーガイル、そしてジェイクのことを思って、自分とジェイクのことを思って、涙を止められなくなったアドリアンにジェイクが、こう言います。

 

「お前に言っておきたいことがある」

「俺はいつも幸運だと思ってきたー結婚していた間も、たとえもうお前をあきらめるしかないと信じた時も。俺が恋に落ちた相手が、お前だったことを」

 

 

間違いなくアーガイルに自分を重ねていたであろうジェイクは、涙を流したアドリアンの心中について察していたのでしょう。

 

辛かったこともあったのでしょうが、自分は決して不幸ではなかったのだと、幸せだったのだと。何故ならアドリアンに恋することができたから。例えそれが成就しなくても。

 

それを聞いたアドリアンはこう独白します。

 

ー本当なのかもしれない。たった一人の存在が誰かを救うことがあるのかもしれない。愛で、何かを変えられるのかもしれない。僕の世界が変わったように。ー

 

無自覚ながら、どことなく他人に壁を作って生きてきたアドリアンと、自分を憎み自分を押し殺してきたジェイク。そんな難しい性格の2人の世界は、しかしお互いの存在でー何かがー変わります。

 

 

 

お互いに乗り越えるべきものは自分の中にあり、自分自身との葛藤や自分自身との戦いなのですが、誰かの存在により自分が変わるきっかけ、自分が救われるきっかけになることがあるのです。

 

それは他人に何か求めたり期待することではなくて、誰かに恋したこと、愛したことという人生の奇跡を、「受け止める」こと。

 

アドリアン・イングリッシュ」を読んで、やっぱり恋とか愛とかの本質は「愛されること」ではなくて「愛すること」にあるんだなと。こんな人生の輝きがあることに自覚的に生きていきたいとの思いを強くしました、そう、ージェイクや、アドリアンみたいに。

 

 

 

*ジェイクとアドリアンの物語はゲイであることや、様々な殺人事件に巻き込まれたこととによって、波瀾万丈なものになっている(そうでないと読んでいてつまらないしね)上、一方がやる気になったら他方が及び腰になったりと、もどかしさ100%なので、結ばれたときのカタルシスがものすんごいです。

しかも2人とも、なかなか自分の素直な気持ちを言葉では表現しないので。その分5巻で(クリスマス外伝「So This is Christmas」でも!)2人が溜め込んできた自分の気持ちを相手に伝えるシーンではもう、目の前が滲んで文字が読めないです。

 

 

以下、「So This is Christmas」のネタばれあり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*なお、「So This is Christmas」では、M/M恒例の?リバも出てきますよ奥さん。リバはダメ絶対という人も結構多いですが、自分もそんなに好きではないです。ダメ絶対とまではいかないですが。しかし、厳密に言うと男同士ラブでしかなし得ないことなので、これこそが真髄と言われたら「そうかも」と思ってしまうかもしれません。

相手と同じものを感じたいという理由で、自分の性志向を認めることも中々困難だった「マッチョな」男のジェイクが受けをやることは感動的でありますし、アドリアンも非常に驚いていましたよね。男同士でリバはそんなに騒ぐようなことでもないけど、相手がジェイクとなると別だと。

 

「恋するインテリジェンス」感想〜ハイスペック男性はハイスペック男性に恋をする〜

 

最近BL人気が凄いですね。

 

おっさんずラブ」(一応BLとする)のヒット。

 

「テンカウント」、「ギヴン」、「パパだって、したい」etcと怒涛のアニメ化。「囀る鳥は羽ばたかない」は劇場アニメ化、「窮鼠はチーズの夢を見る」は実写映画化。

 

・・・これは時代が我々にようやく追いついてきましたね。

 

社会背景等も考慮すると、BLの人気というのは起こるべくして起こったと思うのですが、それはまた今度。

 

今回の感想は霞が関のエリート官僚たちの恋を描いた「恋するインテリジェンス」。

ファンタジー系BLのマスターピースです。

 

「淫らなエリートは、お好きですかーーー?」

コミックス「恋するインテリジェンス」は、N国Kヶ関の官僚たちが主人公となるエロコメディ(BL)です。…中央省庁の超エリートたちが恋にエッチに全力です!…

 

 

(公式HP

tangemichi.com

より)

 

全く意味のない伏字とか、「恋に仕事に」全力じゃないんかい、とか既に色々とツッコミどころが満載です。

 

 

 

 

 

 

恋するインテリジェンス3

恋するインテリジェンス3

 

 

 

 

 

 5巻まで出ているよ。まだ続くよ。

 

 

 

近年はリアリティーを追求した「自然な」「ドラマ性・ストーリー性に優れた」BLが増えていて、「囀る鳥は羽ばたかない」とか、「テンカウント」「ギヴン」等も比較的リアル寄りかなと思うのですが。

 

BLというのは、元来、多かれ少なかれファンタジーなのです。BLのファンタジーとは、「ゲイ多すぎ」(小説「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」原作のドラマ「腐女子、うっかりゲイに告る」でも主人公のゲイの高校生が同級生の腐女子のBL漫画を読んでこう述べていました)「都合の良くスピーディーなエロ展開」等が代表的。

 

 

彼女が好きなものはホモであって僕ではない

彼女が好きなものはホモであって僕ではない

 

 

 

まあ、別にBLに限らず多くのクリエイターの作る作品が「ありえない」展開であったり、そこに出てくるキャラクターが、特に作家が男性であれば女性キャラクターが妄想の産物で、女性であれば男性キャラクターが妄想の産物であることは多いわけなのですが。

 

「恋するインテリジェンス」は思い切りよく、潔く、ファンタジーへ振り切っております。

 

ただし、しっかりと細かく設定を作り込んでおり、「すごくしっかりと作られたファンタジー」です。例えば、「ハリーポッター」「ロードオブザリング」はすごくしっかりと作られたファンタジーです。「恋するインテリジェンス」は「BL界のハリーポッター」と言っていいのかもしれません(???)。

 

ファンタジー系の場合、設定の作り込みとかはせずに勢いで押し切る勢力も結構多いですが、「恋するインテリジェンス」は完全に作り込み系ですね。

 

ありえないのに、何故か読み進める内にこんなパラレルジャパン、パラレル霞が関がどこかに存在すると納得してしまう。

 

 

 

まあ、こちら、とにかく度肝を抜かれまくりの傑作です。

 

仮に自分が明石家○んまだったとしても、どこから何をどう突っ込んでいいのか分かりません(褒めてる)。

 

絵柄はリアルかつ耽美系。

 

主要人物が揃いも揃って彫刻っぽい浮世離れした美形です。

 

いや、しかし、霞が関がこんな美形揃いのHeavenであれば、私は今すぐにでも何とかして霞が関で働く手段を探しますがね・・・。

 

前述の様にファンタジー系BLあるあるとして、同性愛への抵抗はほとんどなく、同性愛者(というかバイセクシャル?)がなんだかやけに多い霞が関

 

美形男性の男性からのもてはやされぶりがもう凄い。

 

霞が関がこんな美形の同性愛者揃いのHeavenであれば、私は・・・(以下略)。

 

 

 

とにかく、設定・キャラクター・台詞が凄いのです。

 

 

 

まず、設定について、本作は霞が関の省庁、財務省、外務省、などを舞台に、そこに所属するエリートたちの恋をオムニバス的に描いています。

 

中でも中心的に出てくるのが、外務省。

 

メインカップルの1組である針生×戸堂が出てくる外務省。

 

こちらの外務省の設定が、簡単に言うと色仕掛け任務を行うと言う特別組織において、メンバーの男性達がTC(トップキャスト)=男役とBC(ボトムキャスト)=女役に分けられて、ペアで色仕掛け任務のための訓練を行ったりしている、という何とも大胆なものです。皆さん、外務省って素晴らしいところなんですね!!

 

他にも、厚労省関連で、国立医薬品衛生研究所で乳腺活性薬「パイテックス」なる男性でも乳汁を分泌できるようになる薬が開発されていたりと(しかし、これはリアルにあったら別に変な意味ではなくても男性による育児という点で非常に素晴らしい・・・)斬新というか、何というか・・・素敵な設定が楽しいです。

 

 

キャラクターについては、本作は結構登場人物がたくさん出てくる上に皆美形なので、正直さらっと読んでいると誰が誰だかよく分からなくなることがあるのですが、髪型に特徴のある人は比較的覚えやすいです。

 

自分は針生×戸堂(明るい変態のいい奴×クソ真面目で不器用)ももちろん、同じく外務省の武笠×深津が好きですね。

 

この2人はくっつくまでの紆余曲折が結構長くて、そこのドラマチックな展開が本当に良かったですよね。

 

男前の超御曹司×超美人の貧乏人、のベタなシンデレラストーリーです。

 

この2人のストーリーの様にコメディにとどまらずドラマチックなストーリー展開も所々見られます。

 

後は、財務省の土門×志山もメインカップルの1組ですね。

 

政財界のおじさん達からすぐに(性的に)狙われる少し天然の入った志山と、そんなピンチにいつも現れる王子様、俺様感の漂う土門。

 

様々なバリュエーションに富んだ男前×美人のカップルがとにかく、お洒落パーティーとかホストクラブとかで出てくるフルーツ盛りあわせ並みに(想像)盛り盛り沢山です。

 

 

 

そして台詞。台詞が本当に素敵です。良いです。世界は広く、人類は70億〜人いるといえども、こんな台詞で愛の告白をする人がいるでしょうか?いやいない。

土門が志山に言う台詞です。

 

「おまえを今すぐ俺の恋人にしたい

おまえの気高さや清さ神秘的な知性も俺のものにしたい

おまえを肉体的にも所有したい」

「おまえのこの透徹した美しさには一目惚れだった

愛を確信したのはおまえの英知の深遠に捻じ入ってその柔らかな肉壁をすべて余すことなく…俺のこの核で感じてみたいと思った時

おまえを知るたび、知れば知るたびに!

おまえが好ましくて堪らない

おまえを構成するすべてが俺のミッシングピースなのだとしか思えないんだ」

「どうしてもおまえを恋人にしたい

志山」

 

「恋するインテリジェンス⑴」より

 

いや〜凄い。何が凄いってこんな台詞を考えて、登場人物に言われる丹下道大先生が凄い。大リスペクト。

 

 

 

全然恋するインテリジェンスの素晴らしさを伝えきれていない気がしますが、もっと本気で伝えようと思ったら文章がかなり長くなってしまいそうです。

とにかくめちゃ面白いです。

 

女性の皆さん(男性も)は、「恋するフォーチュンクッキー」を踊っていないで、「恋するインテリジェンス」を読め!!と、そういうことです。

 

是非皆でパラレルKヶ関の世界に十分浸ってしまいましょう。

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「ギヴン」感想 〜バンドに青春を捧げた彼らの物語〜

*多少のネタバレを含みます!!!

 

ノイタミナ枠でアニメ化した「ギヴン」。

 

 

ギヴン(1) (ディアプラス・コミックス)

ギヴン(1) (ディアプラス・コミックス)

 

 既刊は1〜5巻まで。

 

オンライン視聴はFOD限定なんですよ。 

 

ギヴンはいいですよね。ノイタミナ枠でアニメ化するのも頷ける作品です。

確かな画力、巧みなキャラクター造形、上手なストーリー構成、・・・と全体的にとてもレベルの高い漫画です。

 

キャラクターの心情とか細かい感情の揺れ動く様を、表情、台詞、動き・・・で魅せる、その魅せ方が本当に上手。

心情をいかに読者に伝えるかという点には、その作品の作者の力量が正に問われるところかなと思います。

 

そして、台詞回しとか絵のタッチ、全体の雰囲気にはお洒落な青春物語といった風情を感じさせます。

 

BL的なファンタジーさはあまり感じさせない(もちろん多少はあるのですが)とても良くできた青春映画のような作品です。

 

 

 

真冬くんがかわいいです。

天然でふんわりとして守ってあげたくなる雰囲気だけど、人の感情の機微には敏感で、小悪魔のような一面もあって、これ絶対モテる(確信)。というかこういう女性います、そしてモテますよね。

もう何かずるい。あざとい。

 

バンドのボーカルを務める事になる真冬は内向的で感情を表すのが苦手で、でもだからこそ音楽を通じて感情を爆発させる才能に恵まれている。

愛する人を失った寂しさ、悲しさ、孤独を音楽に昇華させることで真冬は自分を救って、そして次の愛する人を見つける。

 

 

 

バンドのギター、上ノ山はちょっと俺様っぽいところのある性格でツンとしているけれど、とても面倒見のいい性格。

真冬の才能、ミステリアスな部分、放っておけない部分、に丸ごと、どうしようもなく惹かれていきます。

 

 

 

そしてバンドのベース、春樹は他の3人と比べて音楽において特別な才能はないけれど、優しい性格でバンドをまとめるお兄さんのような存在。春樹は読者が一番感情移入しやすいキャラクターでしょうね。ドラムの秋彦に惹かれてしまい葛藤します。

 

 

 

バンドのドラム、秋彦は気が利いて素っ気ないのに優しくて、どこかアウトローっぽい雰囲気のある、こういう男性モテるよねという(真冬がモテる女性のようなキャラクターであると言いましたが、こちらは男性版やけモテキャラ)。作中でもモテることが強調させています。彼は、他人の圧倒的な才能の前に挫折して、しかもその才能の持ち主に惚れているという事情を抱えています。

 

 

 

誰かに惹かれるからこそ、その想いが強いほど孤独や寂しさを強く感じる。けれどそんな感情を音楽に昇華することで生きていく。

私は、そんな彼らの物語にどうしようもなく惹かれてしまうのでした。

 

 

 

そして、アニメもいと良きです。バンドアニメなので、音楽が乗ったときめちゃ心が震えます。

漫画で音楽を上手に表現するキズナツキ先生の筆力も素晴らしいわけですが。

 

最近のノイタミナはいと素晴らしですね(大感謝!!)。

 

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「BANANA FISH」感想 〜人生を賭けた抵抗と愛の物語〜

注意:ネタバレしてます!!! アニメ・漫画を未読の方は注意してください!!!

 

往年の名作、BANANA FISHのアニメはやはり名作でした。

 

 

 

 

およそ20年ほど前?夢中になってBOOK OFFで漫画を買い続けた記憶を追体験しながらアニメを観て、また夢中になる、素晴らしい時間を過ごすことができました。

 

人によって解釈は様々にあるのかと思いますが、自分は、BANANA FISHとは抵抗と愛の物語だと考えています。

そしてこれはアンチヒーロー物語なのだと。

 

 

 

主人公のアッシュ・リンクスは金髪碧眼の美少年で頭脳明晰、運動神経も常人離れしている、一見するとスーパーヒーローです。実際に作中では孤軍奮闘とも言えるような大活躍ぶり。

 

しかし、彼の戦いは正義のために悪をやっつけるような物語でもなく、あるいは復讐の物語でもない。

彼を利用して、意に反して思い通りにしようとする権力者達への抵抗の戦いなのです。

彼自身、「自分は人を殺したくないのに、相手からこちらにやってくる」というような発言をしています。

 

そもそも、彼の戦闘能力は、天性の才能を見込んだゴルツィネに教育されたものであって、自分が望んで手に入れたものではない。

その能力は他人を傷つける能力です。自分の身を助けることも多いけれど、その能力故に他人を傷付けたことで彼は自分自身も傷付けていきます。

 

世の中に溢れるヒーロー物語では、絶対悪のような敵を倒してヒーローは達成感と賞賛を手に入れます。

しかし、実際には他人を傷付けることはヒーローにとっては負担なのです。

戦いというのは勝者にしろ敗者にしろ傷付くものなのだということは意外と共通認識となっていないように感じます。

 

アッシュの持つ力は、もちろんアッシュを利するのですが、同時に他人を殺傷し、傷付けて、それ故にアッシュ自身の精神も傷付けます。

 

そして、アッシュの持つ美貌も、彼にとっては呪うべきものだったかもしれません。まだ小学生くらいの頃から大人の男性による性的虐待を受けてきたのです。

リトルリーグの監督から性的虐待を受け、その後ストリートキッズとなってからは、ゴルツイネらの権力者達に性的虐待を受け、囲われて男娼として働かされます。

 

 

 

彼の境遇は今も世界の多くの子供、特に少女が置かれている境遇です。彼女らは薬漬けにされ、殴る蹴るあるいは感電などの暴力を受けて支配下に置かれた状態で売春を強制されます。そして、もちろん売春の利益はほとんど彼女らには残らず、彼女らは病気に罹ったり妊娠して、若くして亡くなる子どもが非常に多いです。

 

また、世界に目を向けずとも、実親や養親や親族、そして知り合い、または見ず知らずの人から性的虐待を受けている子供は日本にだっています。

 

アッシュと違うのは、現実の少女たちはその境遇から這い上がれる特別な能力、腕力も運動神経も知力も持っていないということです。

彼女たちがアッシュの様に権力者に抵抗することは現実的には非常に難しいのです。

 

少しでも性暴力を、性的虐待を受けた経験のある人(主に女性)にとって、アッシュの活躍は胸がすく様な思いがするものです。現実には中々起こりえないことだからこそカタルシスを感じます。

 

 

 

アッシュが作中でアッシュを屈服させようとするフォックス大佐に対して激しく抵抗するシーンがありました。その時のアッシュの台詞が強く心に残っています。

 

「お前たちはいつもそうだ。力で人を踏みにじり支配しようとする。好きにすればいい。俺は誰にも支配されない。お前たちに負けない。俺の魂をかけて逆らってやる!」

 

現実でも多くの人間が、多くの強者と呼ばれる人が、それは主に男性であったり権力者であったりしますが、力で人を踏みにじって支配しています。けれど、本当に魂まで支配することはできない、抵抗し続けると言う叫び、アッシュと同じ抵抗を続けている人たちがいます。

 

このBANANAFISHはアッシュという人物を通してそんな人たちの抵抗の物語を描いている様に見えます。

 

 

 

そして、これまで自分を利用したり性的に搾取したりしようとする大人に囲まれてきたアッシュが、何も求めずただありのままの自分を認めて1人の人間として対等に接してくれる英二との出会いによって愛を手に入れる物語でもあります(この場合の愛とは必ずしも性的な関係は必要ありません)。

 

英二が足を引っ張っている、役立たずであるみたいなことを言う人がいますが、人の価値はどれだけ戦闘力があるかではなくて、どれだけ他人に力を、愛情を与えられるかではないかと思うわけです。戦闘力があることは人や自分を守れることかもしれませんが、そもそも戦う必要などないのが一番いいわけですよね。

 

そして大抵の場合戦闘は戦闘を生んで、憎しみは連鎖して、それはアッシュの最期からも示されていることです。

 

 

 

アッシュは様々な素質に恵まれながらも、その人生は抵抗の連続、戦いの連続という非常にハードな人生だったわけですが、最後まで抵抗を続けたこと、そしてそんな彼の気高さゆえに英二を始めとして周りの人からの愛情を手に入れたという点で、短いながらも彼は少なくとも(他人のひいたレールではなく)自分の人生を生きたし、真の愛情を得て幸せだったのでしょう。

 

彼が穏やかな笑顔でその最期を迎えたことがそれを証明している気がしてやみません。

 

 

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